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少女同人と生島治郎の影響




以下は2003年5月の即売会にて無料配布をした追悼本の内容です。
在庫が終了いたしましたのでWeb上掲載いたします。
当記載において明確な論旨を得るため、商業誌でご活躍の作家諸氏のお名前を
挙げさせて頂いておりますが何ら名誉を毀損する意図はございません。
悪しからずご了承願います。
お読み頂いて気分を害された場合は何卒お許し下さい。
表現の至らない部分が多数ありますが修正を最小限に留めました。

現在もなお本旨への見直しを並行しております。ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。






1. 前略、『夢なきものの掟』より―


 恐らくこの小説をお読みになった方の殆どが「何だこれは!?」と思ったに違いありません。 前作『黄土の奔流』で無情かつ乾いた冒険世界を見せられた読者にとって、 続編に大きなギャップを感じたのは無理もなく…。 物語の冒頭からの「絆」発言に始まり、中毒症の友人の一切を世話しているくだりから最後の「責任」発言まで。 この話をどう分類するかに出版社側も戸惑ったのか、"長編アクション小説"と銘打つ状態で、 関係者や読者の反応も真っ二つに分かれました。 つまり"全く呆れてしまう人"かあるいは"さらに支持する人"。 呆れてしまう人とは、生島氏自身の性的嗜好や態度を疑い、これまでの他の小説にも絶望を感じる人。 或いは物書きとしての生島氏の能力に絶望する人を指します。 (主に推理やサスペンス性を重視してきた読者が比較的多い。) 支持する人とは、そこに描かれた感情の実態あるいは世界観や雰囲気に謎や魅力を感じる人であり、 技巧としての生島氏を大きく疑問としない人々です。(歴史やドラマ、社会性を重視している読者が多い。)
 ここでご注意頂きたいのは、この意見の分かれ方がどちらが正しいかとか高尚かという比較であってはならないことです。 よく前者の側に立つ人の書評を見ると、 文脈の乱れやスタイルやその内容自体を受け入れ難いとしてばっさりと切捨て技巧に終始しますが 、心でどう感じたのかとは白状してこない…。実のところ中には結構面白がって読んでいたりする方もあるでしょう。 だけれどそれを言ってしまうと、己の嗜好性などを疑われる恐れがあり、白状できない場合もあったりします。 また後者の側の評を見ると、ともすれば雰囲気に流されすぎて作者の言わんとする本意を掴み損ねるという欠点も見受けられたり…。 評価は絶えず両義的なものとなるため、 片方を上げ連ねて全部の価値を認めないという態度をここでは目的としていませんので誤解の無きようお願いしておきます。
 話は戻りまして、この物議を醸し出した『夢なきものの掟』という小説。 1976年に光文社から刊行され、3年後の1979年に講談社から文庫化され広く流通しました。 完成度においての評価はたしかに不評ですが、反響はかなり大きかった。 特に今まで男性のものとされがちであったミステリ・アクションの分野の小説が、 それまで無縁であったはずの一般女性読者を獲得する大きな契機となった点で重要でした。 それは間接的に積み重なっていき、やがて一部の人々が起こした一つの現象に自信を持たせ、社会現象として世間に知られていきます。 それが雑誌『June』の登場であり、「やおい」の普及です。 この小説を発表した生島氏の状況は不安定なものでした。離婚、睡眠薬中毒を経て立ち直ってきたという時期です。 まだ国交の正常化したばかりの生れ故郷の上海へも行きたかったに違いなく、 そのあらゆる感情が『夢なきものの掟』の中に詰め込まれたというべきかもしれません。 ここに描かれた葉というキャラクターは生島氏にとっての上海そのものであり、 生島氏は離婚や中毒症によって周囲の人々が離れていった孤独から、上海への精神的な回帰を図ろうとしていたと考えれます。 しかしながらこの作品が発表された後の反応として、生島氏自身の性的嗜好に対し友人や各方面から疑問が上がったのでしょう。 のちの著書の中に「自分がホモセクシャルなのではないかと疑ったことがある」と赤裸々に語っています。 三島由紀夫の文学も好んで読んだ氏のこともあってか、無理もない自問でした。





2. 雑誌『JUNE』,「やおい」の確立 


 1978年、満を持したかのように、一冊の雑誌が刊行されます。 キャッチコピーが"今、危険な愛に目覚めて…"という、かの有名な『JUNE』(『comic JUN』改題)です。 表紙は「風と木の詩」で少年愛作家の代表格となった竹宮恵子氏。 そのほか木原敏江、青池保子、大島弓子、竹田やよい(敬称略)など第一線の漫画家が参加 、旗振り役の中島梓こと栗本薫氏が大いに盛り上げたことは言うまでもありません。 商業レベルで突然このような、いうなれば禁忌の象徴とも捉えられかねないものを雑誌として売りに出すことに、 採算の危険性を感じなかったのかといえば、おそらくはまだ実験的な感覚もあったものかと思われます。 しかしながら実は栗本氏らには確たる自信もあった様子で、自ら偽名をつくって懸命に雑誌を盛り立てたほかに、 同人誌に見え始めた同性愛的表現の萌芽、竹宮恵子や萩尾望都両氏の商業誌での評判をその根拠としたといえるでしょう。
 1975年に同人誌即売会のコミックマーケット(通称コミケ)が始まり、表現の範囲が広がりを見せると、 漫画研究会を中心に女性の竹宮・萩尾両氏ファンなども多く集い、 当時出てきたグラムロックや耽美映画の中性的な男性を意識してのイラストレーション表現などが見られるようになっていきます。 そんな中、同人界で評判となっていったのは竹宮恵子氏と萩尾望都氏の仕事場、 通称"大泉サロン"に出入りしていた故・花郁悠紀子氏の妹である波津彬子氏らの"金沢組"が主催する「らっぽり」 (またはラブリ)や森川久美氏の学漫「やっはるー」。 彼女らが描いたものは当初、同性愛表現のそのままを描き表したものではないものの、 男性同士の絡みの中では"ヤマもオチもイミも無いが 、色気がある"ということでその頭文字を取り「やおい」という造語を用いはじめます。 これが結果として現在ひろく定着するようになったのは、 その造語が上手い具合に男性同士の雰囲気を表現し得たためと見られますが、 ここに雑誌『JUNE』とは違った傾向が自由に語られ始めます。 任侠やノワールを意識した成人の中での"色気"です。 「らっぽり やおい特集号」として波津氏らがこの雰囲気を盛り込み同人誌を出したのが1979年のことですが、 同年、面白いことに竹田やよい氏らのサークル「ROSE CROSSU」が『黄土の奔流』の同人誌を出しており、 その中で「(男同士の根底に潜む愛情の)"聖なる関係"はいづれ自分の作品にも顔を出すのかもしれない」 とのコメントをしています。 「らっぽり」や「RCU」にみられた"やおい"或いは"聖なる関係"への支持はつまり、 『JUNE』の基準としている少年愛の支持の限界を示すことになりました。 実際に創刊号は竹宮・萩尾両氏の人気を意識してか"少年性"を前面に打ち出していましたが、 例えば創刊号の「美少年ランキング」に成人男性(D.ボウイや坂東玉三郎、沢田研二など) の名が挙がっているなどの矛盾もあって2号目以後は「美形ランキング」に改称するなど、 読者(そして筆者とも)が好きなのは"少年"に限ったことではない事実に突き当たり、 号数を重ねるにつれバリエーションが豊富になり、現在に至ったようです。





3. "先導者"栗本薫 vs 生島治郎 


 さて、今回3月の訃報によって明白になったのが『JUNE』誌大御所、栗本薫氏の生島氏への憧憬です。 実際栗本氏が自らのプロダクションから出しているCDの中で上海をテーマにした曲を作っていますが、 その解説のなかで『黄土の奔流』の雰囲気が「いい感じ」と述べているほか、 文庫新刊の『グイン・サーガ』89巻の後書きや自分のHPにて、 生島氏の訃報にショックを受けているというコメントをしています。
 栗本薫氏自身は1976年に評論家として出発し、1978年に『ぼくらの時代』にて江戸川乱歩賞を受賞、 作家となります。その同年に雑誌『comic Jun(JUNE)』を立ち上げ翌年の1979年には初代やおい小説としての 大作『真夜中の天使』を刊行。一躍同人界の間で圧倒的な支持を受けます。 『真夜中の天使』は沢田研二主演のTVドラマ「悪魔のようなあいつ」に触発され書き上げたもの。 芸能界を舞台に人気俳優を取り巻いて男性同士の愛憎が描かれていくわけですが、 いわゆる濡れ場の描写には多くの人々が"面食らった"はずです。 現在のようにJUNE系小説の溢れていなかった時期にダイレクトに描けてしまった 栗本氏の大胆さはどこから来たのか…。 無論栗本氏は多くの官能小説を読んでいたということですが、 ノーマルな官能小説を飛び越えて性描写のある同性愛を扱うには、 当時耽美派同性愛を描いたパイオニアの森茉莉が参考になるはずもありません。 ここで可能性としての生島氏の『夢なきものの掟』が浮かび上がってきます。 現実の男性によって書かれた何の意図もない、孤独と友愛をベースにした小説でしたが、 多くの読者が口にするように、描写にリアリティがあるため行間から勘繰ってしまうような、 想像するに隙のある思わせ振りな作品として広く浸透していってしまったとみられます。 栗本氏は恐らくこの小説の読まれ方に勇気付けられたと言っても過言ではないでしょう。 同人誌が盛んになっていく中、自らも仕事を通じて人脈が広がる中で女性が女性の爲に楽しめる分野としての 『JUNE』を立ち上げていったと考えられ、 それを反映してか、創刊号からの執筆陣はほぼ同人界で人気のある作家ばかりであり、 同人誌を作った竹田やよい氏は勿論、木原敏江氏も『黄土〜』読者であり (FC会報『雪月下』に1p漫画が掲載されるなど)、金沢組は後の作品で判るように、 波津彬子氏『さざめく黄金の波』や森川久美氏『南京路に花吹雪』など、 皆が読者であったことが知られます。
 同人界で永く広く読みつがれてきた『黄土の奔流』の一連作は、 しかしながら、公然の秘密のように捉えられ、積極的に語られることはありませんでした。 JUNE誌上にもおそらくはレビューか何かでコメントが付くなりかして、「やおい」好きの読者であったなら 飛びついた内容であったはず。 だけれども実際には誰も触れてはいないと見られ、例えば波津氏や森川氏は知っていても 『黄土〜』は知らないということが案外読者に多く、あまつさえ生島氏の方が「パクリだ」とさえ云われることも。 他にも同人の間でまことしやかに囁かれていたのは"『黄土〜』の「やおい」はタブーである"ということ。 これらは何故なのか。
 考えられるのは先ず栗本氏の公としての立場です。同じ日本推理小説協会に所属し、 早川書房とも自らの著書『グイン・サーガ』により縁が深く、実際ご主人は早川書房に在って生島氏のかつての部下であった編集者です。 ご本人どうしの面識はなかったものの、生島氏のかつての夫人、故・小泉喜美子氏と栗本氏とは友人の関係にあったこともあり、 おいそれと生島氏の名を勝手に『JUNE』誌上などに出すことはさすがに憚られたと思われます。 しかしその憧憬の形跡は遊びつつ残されている部分があり、『六道ヶ辻 墨染の桜』での舞台・上海、 『キャバレー』のようなハードボイルド、『魔界水滸伝』の一部キャラクター、小説のタイトル『魔都』など、 生島氏の世界に触れそうで触れられない印象を与えてきます。 同人と商業人の間に立つ栗本氏の自制の所作が、 言葉にしない緘口令のごとく同僚や弟子たるJUNE作家の間に広まったのかもしれません。
 次に考えられるのが、生島氏自身が恐らくは同人誌という媒体の中で何が起きているかを 間接的にでも耳にしたのではかったかと想像できます。 1979年から森川久美氏の『南京路〜』の連載があった1985年辺りまでは黄土同人誌が多く出されていたということが云われていますが、 その後の、1990年に出されたシリーズ3作目『総統奪取』に至っては、冒頭からいわゆる排泄の話に始まり、 美形キャラクターである葉の出番を押さえ気味にするなど、かつての『夢なきものの掟』にあったイメージを抑えようとしている気配が見られる辺りに、 或いは2作目3作目の間の14年間、氏自身が何か問題を感じたのかもしれません。 案の定、3作目の評判は悪く、一部の評論家が「前作の価値まで下げた」と酷評していたのは、 果たして生島氏の狙い通りだったのかとも思いあたります。 私生活で『片翼の天使』にあるような幸せな状況にあった氏にとっては、 『夢なきものの掟』を描いたときの孤独な心情とは縁遠かったため、 同性愛を想起させる過去の作品はあまり好ましい存在ではなかったといえるかもしれません。 一昨年発売となった生島氏最後の作品、シリーズ4作目の『上海カサブランカ』は従って 現実の離婚を受けてのエンディングとなったと見られます。 このシリーズが生島氏のデビューの頃からその引退間際まで書かれたというのは、 紅という登場人物が生島氏にもっとも近かったためなのでしょう。





4.  闘う者達の密なる関係


   現在多く聞かれる「やおい」論では、耽美系少年愛漫画からはじまり波津氏らの「やおい」語源の解説まで触れ、 そこからアニパロブームの解説が始まるものが多くあります。 「やおい」という言葉そのものは「女性が女性の爲に描いた男性同性愛の物語を指す」といった定義付けが概ねされています。 しかし、波津氏らのさした当初の意味は同性愛(行為の伴うものを含め)までを考えていなかったので、 その定義の広がり方には「ただ女性が同性愛を簡単に描くために」という説明が便宜上ついて回りました。
 ただし、本当にそうだったのかといえばやや疑問が残るようです。
 80年代の同人誌を見ると、アニパロのキャラ達の目を通して書き手達は「なぜ男である相手を愛するか」というテーマに真剣に取り組んでいます。 「やおい」でありながらヤマもオチもイミもある。 それが支持をうけたからこそ広がって現象となったというべきであり、 始めから同性愛そのものを目的としていなかったのは注目すべきでしょう。  主に多くの論者(主に男性)を混乱させているのは、『JUNE』の存在です。 "少年愛"をキャッチに商業の媒体として売り出されたため、この手の現象のシンボルとして目を奪われがちになリます。 しかしながらあくまで象徴であって実感ではないことは現在受け入れられている同人誌や同系統の雑誌の傾向が 高校生以上の青年愛に占められていることを見れば明らかでしょう。 竹宮氏や栗本氏の少年愛作品の中で表現されたのは子供(少年)が大人によって教えられた"快楽"から抜け出せないというような「行為」が鍵となり、 精神はその行為に引きずられ葛藤するという展開が多く 、非常に具体的かつ同性愛者の行為を主体とする現実を表しています。 前提として「罪」が根底にあり、加害者・被害者的な立場の人々が顔を出し、 おおよそ結末は悲恋という傾向があるなどあまりにペシミズムに満ちている内容からも相俟って、 "少年"は概して自ら選択権を持ち得ない、侵されるべき弱者であるという描写が"少年愛"の弱点となり、 『JUNE』=同性愛=「やおい」と大まかに括られて「異常」との貼り紙を貼られてしまったと見たほうが良いと思われます。 特殊な見方が予め出来てしまったために、 誰もまともに「やおい」を求める心理というものを論じようとは思わなかったかもしれません。
 では「やおい」が行為を含めての表現になったのはいつからなのか。 明確な時期は定かではないものの、アニパロの広がりと共に盛んになったのは確かです。 題材となるアニメーションに描かれていたのは無論同性愛ではありません。 しかしながらアニパロでなければならなかった理由も勿論考えるべきでしょう。 視聴者を子供に絞ったTVアニメには少年(男性性)でなければ表現できない決定的な要因が含まれています。 要因自体は何もアニメーションに限ったことではありません。 小説・ドラマ等にもなければストーリー自体が進行しない要素――即ち「闘い」「対立」といったものです。 しかし社会性を養わなければならない子供のためには「仲間」と協力して何かを一緒に解決することが大切なことを教えるため、 特にアニメにおいては、主人公ただ一人での徹頭徹尾のストーリーライティングにはなり得ず、 一人だった主人公が仲間を獲得していったり、 仲間が揃っているならば共に傷つきながら「敵」を倒していくというのが明瞭に展開されます。 この役割を担うのは、将来社会に出て責任ある立場を追わされる男性、つまり少年でなければならず、 いづれ家庭に入る女性たる少女には必要のないものでした。 しかしながら、1970年代における大学紛争、安保闘争、ウーマンリブなどの、 勢いがあれば秩序は転換することが可能であるという空気を感じ取った世代の女性達は、 感覚的に男性同士だけの中に存在する"信頼"という空気(つまり色気)に入り込むことが出来ないジレンマを 実際の「闘争」の中で感じ取ったに違いありません。 女性達も闘争しなければならない、社会性を持たなければならないのに、 男性達には「女性である」ことを理由に受け入れられず、 精神的にもそれを育むメディアが小説や映画にも存在しないことが、 次第に女性を推理・ミステリ・ハードボイルドの男性固有のものとなっていた分野へ進出させることになっていきます。
 かくして「やおい」という名前で同人界の女性達により提起された"色気"でしたが、 やがて行為をも伴うようになったのは、元来の女性の性によるものといえるでしょう。 概して女は共同幻想を持たず、現実的といわれます。 女性性の最大の役割としての出産・子育てによって性質が規定され、 一人の子を大きく育てるまでにその保護を放棄しないためというのがその理由であり、 実際確かに不動の摂理かとも考え当ります。 糧を守り子を育てるためには父である夫とのコミュニケーションを強く保つ必要がある、 つまり一対一の人間の繋がり方が基本となるわけです。その内容とは恋情であり、 方法は夫婦という交配の関係上からSEXが中心となります。
 この点で注目して頂きたいのが「一対一」という関わり方です。 ジャンプなどの少年漫画によく見られるものに好敵手という存在があります。 互いに実力を認めた対等の位置関係が描かれていますが、 「やおい」の題材として好まれる関係でもあります。 相手への強烈な対抗意識と敬慕が主人公のアイデンティティとも密接に関係していく様子は 読者にも強い共感と羨望を呼び起こしています。 殊に女性読者には密接な関係の証としての肉体を求めるため「やおい」の表現を可能にさせてしまうと 考えることが出来るでしょう。 ここに同じ男性同士の愛を描いた『JUNE』に見るような「少年愛」と、 急速にアニパロで一般化した「やおい」との差が顕著に見られます。 「少年愛」は自我が誕生していく中で事件的に経験した性愛であり、 「やおい」は自我・実力の備わった状態で自ら選択する性愛です。 先に述べたように少年愛よりも青年愛を「やおい」として受け入れていった女性達の心裡には、 一対一での精神と肉体的な結びつきを理想とする働きがあったといって然るべきでしょう。
  最後に、人間として認めた一対一の男同士の色気、 即ち波津氏らの云う「やおい」関係に始まり肉体をともなった現在の「やおい」まで。 幸か不幸か一つの類型となったのはハードボイルド的世界であり、 『黄土の奔流』の一連作であったことは言うまでもありません。

  

2003・5・2    文責:Uga (宇垣京改め 宇賀慶)
※無断転載を禁ず



※2004/9/5追記 "ヤマもオチもイミも無いが、色気がある"
 この部分については、四方田犬彦・斎藤綾子編 『男たちの絆・アジア映画〜ホモソーシャルな欲望』(平凡社)の分析を参照頂きたい。